デンタルオフィスみなと 公式ブログ

静岡県沼津市の歯科医院「デンタルオフィスみなと」です。

【童話】月色手紙配達人

当院オリジナルの童話です。

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【童話】月色手紙配達人

 

「お母さん、ぼくに手紙来てない?」

 サンダル履きで郵便受けから戻って来た青彦は、何回もしつこく繰り返していた。

「来てないわね。今日はもう郵便屋さん来ないわよ」

 お母さんは青彦の顔も見ずに、イライラと言った。

 外の深い群青色が、いつか写真で見た海を思い起こさせ、青彦は自分の絵の具箱に目をやった。

(まるで透明すぎて、オマエらには手も足も出せないだろうね)

 そんなふうに心をそらしてもみるのだけれど、やっぱり…

「おじいちゃん病気だから、お返事くれないの?ぼくのお手紙読んでくれたのかなぁ…ねーお母さんてばぁ」

 ひんやりとした窓ガラスが、まだ幼い男の子の膨れっ面を映した。

――その日、青彦はどうしても瞼を閉じる事が出来ずにいた。真夜中に取り残されたまんま、ベットの上にぽつんと一人。

(ああ、なんだかノドかわいちゃったなァ。トイレにも行きたいよ…)

 毛布を頭までバサッとかぶってまん丸くなる。

「ひつじが一匹、ひつじが二匹、ひつじがサン…」

 その時、

――コン、コン、コン。

 何か音がした。

 青彦はビクッと身ぶるいした。毛布のわずかなすき間から、大きな目をキョロキョロさせて青くなる。

(そ、そら耳…かな…)

――コン、コン、コン。

(あっ、まただ…)

 今度ははっきりと…

――コン、コン、コン。

「郵便ですよ」

「ユウビン!!」

 青彦は心臓が破裂するほど驚き、ベットから跳び起きて玄関へ走った。

「ユ、ウ、ビンヤサン!!デスカ?」

 鍵を上げてドアノブをゆっくり回すと、

「どうも、郵便です」

 感じの良い声をした男の人が立っている。黒い制服、黒い靴、黒いショルダー、そして黒の帽子。

「ゆうびんやさん!!」

「君に、お手紙ですよ」

 彼は優しく青彦に微笑むと、バッグから一枚の大きな封筒を取り出した。

「はい、どうぞ」

 青彦は、目の前に指し出されたそれを、両手で受け取った。

「ありがとう!」

 郵便屋は、にっこりうなずくと、早足で消えてしまった。 青彦はこぼれそうな笑みをうかべた。

(おじいちゃんからだな。きっと、今日はゆうびんぶつが多かったんだ。だからこんな夜中に、届けに来てくれたんだ)

 しかし、その途端、青彦の笑みが重い音をたてて床に落ちた。月の光に、その真っ青な封筒を照らすと、

『トナリ街 ツキアカリ61332番地 Thomas・Moonへ』

と書いてある。

「ち、ちがう!これ、ぼくンじゃないよ!」

 青彦はあわてて郵便屋の行った方へ飛び出した。でもそこにはただ平然と、ガス灯が並んでいるばかり。青彦は、突っ立ったまま、耳の奥でするドクン、ドクン、という音を全身で聞いていた。

「よ…よしっ、ぼくが届けに行こう!」

 思い切った青彦は、大急ぎで着がえをすると、大きな封筒一枚持って、ガス灯の下に出た。紺のコートに黒いズボン、黒い靴、帽子はとりあえず、格子柄の鳥射ち帽をすっぽりと。

「トナリマチ、ツキアカリ…」

 青彦はブツブツ口の中でつぶやきながら、いくつもの丸い光をくぐりぬけた。まるで、冷たい水の中を歩いているようだ。

「ろく、いち、さん、さん、に」

 最後のガス灯の下で立ち止まって、帽子をひねる。

ティー、エイチ、オー、エム…エヌだったかな…」

 すると、

「トーマスだよ」

 ハッとして目の前を見ると、上の方が丸っこい英国風の扉が、静かに浮かんでいた。

「トーマス・ムーン、ツキアカリ61332」

 その時、“誰?”と問う間もなしに青彦の目に飛び込んで来たのは、いかにも紳士といった感じの…

「ネコ!?」

 すると猫は、手に持ったシルクハットを裏返して、言った。

「失礼な。だから、僕は“トーマス・ムーン”だと言っているでしょう?」

 少し不機嫌そうな猫の方へ、ガス灯の下から踏み出した青彦は、帽子をもう一度ひねり直した。猫は眉をひそめて青彦を見ている。

「あ…ごめん、ね、えっと、ぼく、あおひこ。ごめんね、トーマスムーンくん」

 すると猫―Mr.トーマス・ムーンも、そも満足したようにうなづいて、

「いや、いいんだ、アオヒコ君」

 と、笑う。

 ガス灯の光にはぐれて、空中で静かに月の光をあつめている扉には、

――ツキアカリ・6・1・3・3・2――…

「ここだ!」

 青彦は、青い封筒と扉とを照らし合わせて叫んだ。トーマス・ムーンは驚いた様子で言った。

「それは、僕に?」

「うん」

 青彦は大きくうなづく。

「やっぱり!ずっと待っていたんだ、僕」

 トーマス・ムーンは、青彦の手からそれをしっかり受け取ると、言った。

「ありがとう!郵便屋さん!」

 青彦は、少し照れクサクなって、帽子を手でかいた。トーマス・ムーンは、手紙を大切そうにかかえながら笑う。

「よかったら、お茶でも飲んでおゆきよ」

 そう言って、扉のノブに手をかけるトーマス・ムーンを、青彦はまじまじと見つめた。 月に輝く、銀の美しい毛なみ。

「ねぇ、その扉はナニ?」

 青彦の質問に、トーマス・ムーンはけげんそうに首をかしげた。

「何って、僕の家だよ」

 青銅色の扉に手のひらをおいて、彼は言った。

「まぁ入りたまえ」

 青彦は、首をかしげながら中に入った。

「わッ…まぶしいっ!」

 辺りは真っ白。いや、金色か、銀色か、それとも…。目を細めてみると、トーマス・ムーンがどこからか三日月形のペーパーナイフを持って来ていた。

「おいしい紅茶があるんだ。でも、ちょっと待っていて」

 どうやら、先に手紙を読む気らしい…と、その瞬間、――カラ、カラ、コツン!

 トーマス・ムーンのペーパーナイフが床に落ちた。

「おっと」

 彼が拾おうとする。

――コツン、コツン。

…青彦は、自分の頭の中までが‘月色’になってゆくのを感じていた。

――カラ、カラ、コツン! コツ、コツ、カラ、コツ………くん…ひこくん…

「あおひこくん」

「は、はい」

 青彦は、ハッとして辺りを見回した。

(…?ぼくんちだ…)

 目の前の扉の足もとをじっと見つめる。

(夢?でも、ぼくは寝てられなくて、えーと…)

 青彦は帽子に手をやった…はずだった…

「アレェー?」

 ふと気付くと、郵便屋さんが、何か箱をこちらへ差し出していた。

「いいなぁ、コレ、なんだろうね」

「え?」

 青彦は、目をこすりながら言った。

「あっ、おじいちゃんからだ!!」

 大急ぎで、包みを開ける。

(なんだろ、なんだろ、なんだろ!)

 きれいな箱のフタをそうっと開けて、青彦は息をのんだ。

「あっ…!!」

 それは、大きな青い封筒を抱えた、あの“トーマス・ムーン”だった。小さな人形になって…。しかも、こわきにはしっかりとあのペーパーナイフをはさんでいた。 青彦は、添えられていたおじいちゃんからの茶封筒を大切に手に取ると、“トーマス・ムーン”がしっかりと抱える青い封筒を見つめた。

…ツキアカリ・6・1・3・3・2…

「…安心して、君のは読んだりしないから」

 すると、コロン、と封筒からこぼれ落ちたものがあった。青彦の手のひらにのせられたそれは―

―深い群青色の絵の具―

「…これ、くれるの?」

「は?」

 不思議そうに首をかしげる郵便屋に首をふって、青彦はにっこりした。“トーマス・ムーン”の銀の毛なみが、風になでられている。

「ありがとう!ゆうびん屋さん!」

 すきとおる風のなかを、オレンジ色の空へ小さなほこりを舞い上げながら、郵便屋は帰って行った。まだ、ともされないガス灯の下を……。

 

2001年1月13日 著作権は「デンタルオフィスみなと」にあります。