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【休診のお知らせ】2025年7月25日(土) 臨時休診のお知らせ

【2025年7月5日(土)  臨時休診のお知らせ】
地域行事に参加するため、「デンタルオフィスみなと」は、2025年7月5日(土) 臨時休診いたします。ご不便をおかけしまして、大変申し訳ございません。何卒、よろしくお願いいたします。なお、以下のチラシは参加する地域行事のご案内です。

【論文】Permanent Data Encoding(PDE)の提案:3字単位の意味圧縮による視認可能な知識保存手法

Permanent Data Encoding(PDE)の提案:3字単位の意味圧縮による視認可能な知識保存手法

露木 良治 Yoshiharu Tsuyuki  D.D.S., Ph.D.

医療法人社団みなと会 Medical Corporation Minato-kai

■第1章 はじめに(Introduction)

現代社会において、情報の生成と流通はかつてないスピードで進んでいる。しかしその一方で、私たちは情報を本当に長期にわたって保存できているのかという問いに直面している。HDDやSSDクラウドストレージといった電子メディアは、数十年単位の保存は可能でも、100年、1000年といった時間軸ではその信頼性は不透明である。また、これらの記録媒体は、電力や専用機器、OSといったインフラに強く依存しており、災害、戦争、技術断絶といった状況下では再生すら困難となる。

さらに、現代の情報記録方式の多くは、人間の知覚や直感に基づいた復元を前提としていない。たとえばQRコードやバイナリデータは、そのままでは意味を読み取ることができず、専用のデバイスアルゴリズムがなければ解読不可能である。これは、記録された情報が未来の人間にとって“ブラックボックス”になる可能性を示している。

本論文では、これらの課題を解決するために、新たな記号体系に基づく情報保存手段「Permanent Data Encoding(PDE)」を提案する。PDEは、視認可能な2~3字の半角英数字コードを用いて意味単位を圧縮し、それに対応する定義辞書と展開手順(復元ルール)を併記することで、人間の目と知性だけで情報を再構築可能とする方式である。

また、PDEの定義辞書はブロックチェーン技術を用いて管理され、意味の一貫性と改ざん耐性を保証する。これにより、PDEは紙にも記録可能でありながら、電子的にも処理可能なハイブリッドな情報保存手段となる。人間によって読まれ、書かれ、未来に遺されるという特性は、PDEを単なる圧縮技術以上の、「人類共通の視覚記号言語」としての可能性へと導く。

本論文では、まず既存の情報保存手法および記号言語との比較を行い、次にPDEの基本構造と記述法、ならびにブロックチェーンを活用した辞書運用方式について解説する。さらに、災害時、教育現場、文明断絶後などにおける応用可能性を検討し、今後の拡張と国際的展開について議論する。

■第2章 設計原理

本章では、PDE(Permanent Data Encoding)の背景に位置づけられる既存技術や思想との関連を検討する。特に、本研究の着想に影響を与えたのは、①視覚的記号体系、②情報圧縮・復元方式、③デジタルアーカイブ技術、④ブロックチェーン技術、である。

2.1 視覚的記号体系と言語構造

視覚的に意味を伝達する記号言語としては、オットー・ノイラートによるISOTYPE(International System of Typographic Picture Education)や、公共サインに使用されるピクトグラムが代表的である。これらは言語や文化の壁を超え、視認によって意味を直感的に伝えることが可能な表現方式である。しかしながら、ISOTYPEは定義が限定的であり、自然言語のような意味の組み立てと文脈の復元までは担保していない。

また、エスペラントなどの人工言語は意味の一貫性と中立性を志向するが、習得には相応の学習が必要であり、視覚だけで理解できるものではない。PDEはこの中間に位置し、視覚的識別性と意味の論理構造を併せ持つことを特徴とする。

2.2 情報圧縮と復元技術

情報の効率的な表現を目指す技術として、ハフマン符号、ランレングス圧縮、自然言語処理におけるトークナイゼーションなどがある。これらはいずれもデジタル的な再現性と計算効率に優れるが、人間が視認して即時に解読できることを目的としていない。

PDEは、視認可能な固定長コード(例:G2, s01, p02)と、それに対応する定義辞書によって意味を復元する。ここで重要なのは、人間が機械を介さずに情報を再構成できるという点であり、PDEは知識の「圧縮」と「文化的伝承」を両立させる試みである。

2.3 長期保存技術とデジタルアーカイブ

CD-RやHDD、クラウドといった記録媒体は保存可能期間に制限があるほか、読み出しには対応する機器と電力を要する。また、将来のファイル形式やOSとの互換性問題も深刻である。これに対し、アナログ的かつ人力で再構築可能な記録手段は、災害や文明断絶後にも利用可能である点で優位性を持つ。

この文脈においてPDEは、紙媒体への記録が可能で、かつ復元性が高いデータ保存方式として、従来の保存技術に対する補完的役割を果たすことが期待される。

2.4 ブロックチェーンによる意味の一貫性の保証

定義辞書の意味を一意に保つためには、辞書自体の改ざん耐性と履歴管理が求められる。PDEではこのためにブロックチェーン技術を導入し、辞書エントリごとの不変Bitcoin論文に見られる「トラストレスな改ざん防止構造」の応用であり、知識表現における新しい信頼基盤となり得る(表1)。

第3章:コードカテゴリと語彙設計

3.1 コード構造の概要

PDEのコード体系は、意味内容と構文制御を分離して設計されている。コードはすべて視認性の高い半角英数字により構成され、桁数と用途により以下のように分類される。

PDEは、構文制御コード(2字)、意味語彙コード(3字)を基本とし(表2)、および複合専門語を記述可能とする拡張コード(2字+3字=5字)からなる三層構造を基本とする(図1)。

これにより、日常言語から専門記述、未知語の符号化に至るまで、あらゆる人類知を視認可能な記号列として記録・展開できる普遍的言語体系が成立する。

PDEの各文は、宣言用の接頭辞「PDE」で始まり、意味単位の完結を示すピリオド「.」で終わる。

複数の文がまとまって一つの意味的ブロックやメッセージを形成する場合は、その最後にピリオド2つ(「. .」)を付加し、ブロック全体の終わりを示す。

いずれの場合も、ピリオドは最後のコードの直後にスペースを空けずに記述する。

この構文ルールにより、機械による自動解析、文の正確な区切り、文脈に応じた意味の復元が容易になる。

以下に2つの例を示す。

 

【例1】

 ==== Data Codes ====

PDE p02 j1 tn a11.

==== Decode ====

女性は座った。

 

【例2】

==== Data Codes ====

PDE p01 j1 a11. p02 j1 tn a11.. 

==== Decoded ====

男性は座る。女性は座った。

 

このように、「言語構造を制御する短いコード」と「意味内容を表現する長いコード」を明確に分離することで、視認性・展開処理・国際的運用性の全てにおいて合理的な設計が実現される。

なお、本論文では、仮にアルファベット1文字・ひらがな1文字・カタカナ1文字・数字1文字・記号1文字・構文制御記号などを含むコードを2字で表記し、それ以外の一般的な意味内容を3字で表記する設計を採用する。ただし、これらのコード分類や文字数設計については、今後の応用領域や運用要件に応じて柔軟に見直されるべきであり、詳細な仕様は今後の議論と研究を待つこととする。

PDEでは、自然言語に見られる性別による語形変化(男性名詞・女性名詞)、定冠詞の一致、あるいは日本語の助数詞(冊・台・羽など)といった複雑な言語依存的特徴を排除し、数・属性・指示などの機能はすべて記号的構文によって記述される。これにより、PDEは多言語対応性に優れ、翻訳・教育・AI展開における高い中立性を実現する。また、PDEでは、自然言語における前置詞(英語のin, on, atなど)を細かく区別せず、文法的関係性(時間・場所・対象)を示す統合コード(例:o1)によって表現する。展開においては、辞書的意味と文脈に基づいて自然な文を生成するため、記号体系としての簡潔さと意味再現性を両立させる構文設計となっている。

3.2 意味カテゴリと接頭辞ルール

PDEにおける意味カテゴリコードは、接頭辞により分類される(表3)。

3.3 コード使用上の視認性設計

PDEでは、誤読や視覚的混乱を避けるため、視認性の高い半角英数字のみを使用する。以下の文字は、混同の可能性が高いため除外または代替表記を行う(表4)。

この視認性ルールにより、紙媒体でもデジタル画面でも安定した情報解読が可能となる。

3.4 語彙設計のスケーラビリティ

PDEの語彙設計においては、必要以上に膨大な語彙数を追求するのではなく、「意味再構成に必要かつ十分な語彙規模」を基準として設計されている。たとえば、日本語の大規模辞書には10万語以上が収録されているが、実際に日常生活や実用文脈で使用される語彙数は、高度な専門職においても3万〜5万語程度である。

PDEでは、構文制御コードや語の組み合わせ(グルーピング)によって、より複雑な意味表現が可能であり、基本語彙はおおよそ1万〜2万語規模で十分と見積もられている。したがって、PDEのコードは2~3字で充分に実用範囲を網羅でき、これにより、コード体系の管理性・再現性・翻訳可能性を高く保つことが可能となる。

3.5 視認性制限の背景と他分野との比較

PDEでは、視認性の観点から一部の文字(例:I、O、B など)を使用禁止、または代替するルールを定めている(表4)。この制限は、読み違いや書き間違いを防ぎ、視覚的に意味を確実に伝達するための工夫である。

同様の配慮は他分野にも見られる。たとえば、プログラミング用フォントやID発行システム、工業製品のラベル設計などでは、類似文字(I/1、O/0、l/1 など)の混同を避けるため、特定の文字をあらかじめ使用禁止とする例がある。しかしこれらは、視認性を一時的に補助する限定的な工夫にとどまり、言語体系そのものに視認性の制約を組み込んだものではない。

PDEはこの発想をさらに推し進め、意味の保存と共有を目的とした言語体系において、視認性制限を構造の中核として正式に組み込んだ点において独自性を持つ。視覚的な読みやすさは、PDEの本質である「人に読める言語」という特性を支え、同時にデジタルメディアに依存しない永続的な記録性を担保する重要な設計原理となっている。

さらにPDEの構文設計には、物理的なメディアの変質や劣化に対する耐性も考慮されている。紙媒体の経年劣化や、繰り返しの複写によるインクのにじみ・文字の潰れといった品質低下に対しても、誤読を起こしにくい構造が組み込まれている。特に現代のコピー用紙は酸性紙が主流であり、長期保存には不向きであることから、この点は重要である。

このような環境下においても、PDEは3字単位の明快な構造、誤読を避ける文字選定、再構成可能な意味単位によって、最終的に「人が読むことができる」ことを保証する言語体系である。

■ 第4章:構文制御コードと記号的文法機能(Rule Codes)

PDEでは、単語単位の意味符号化だけでなく、構文・関係・表現の精密な制御を実現するために、2字の多様な制御コードを導入している。これにより、単なる語彙の並列ではなく、言語的構造と論理性を持った意味表現が可能となる。

PDEでは、修飾子や補助コードは、意味コードの前に置くこととする。

PDEにおいては、日本語のように格助詞(は、を、に)を用いる言語と、英語のように語順により構文関係を明示する言語との間に構文設計の違いがある。このため、PDEコード列には構文関係を明確に示す助詞的コード(例:j1=主語、o1=目的語)を記述しておき、展開時に言語仕様に応じてこれを展開・省略するルールを採用している。たとえば p01 j1 a11 は、日本語では「男性は座る」となり、英語では「The man sits.」と語順のみで関係性が示される。

PDEにおいては、語義的な修飾語合成(例:白い正方形)と、複合語としてのコード統合(例:abC15 = 高速増殖炉)とを機能的に分離する。前者には Gx(Grouping)を、後者には xX(eXtend)を用い、辞書上の展開処理および語彙管理を明確に分離できる構文体系を採用する。

4.1 意味単位指定コード (rx型)

例) r3(後続3語を1単位として認識させるコード)

r3 C01 s01 p02 → 赤い正方形の女性

4.2 修飾語合成(Gx型)

例) G2(後続2語をまとめて1語とするコード)

G2 C02 y01 → 青空

4.3 コード拡張 (xX型)

例) x2 ab C15 → abC15 という新しい5桁語彙コードにまとめ、辞書で直接参照

例) x3 C02 y01 z07 → C02y01z07 という7桁のコード(将来的な応用)

4.4 意味関係指定コード (ux)型

例)  u1(~の上を表すコード)

u1 s01 → 正方形の上で

4.5 助詞的定義文(Particle Codes)

例)  j1(左の語が主題であることを示すコード)

p01 j1 a11 → 男性は座る

例) o1(右の語が目的語であることを示すコード)

a03  o1 o15 → ボールを投げる

4.6 時制・否定・比較表現(Tense, Negation, Comparison)

例) tn(動詞の過去を示すコード)

p02 tn a11 → 女性は座った

例) nG(動詞を否定するコード)

nG a03 → 歩かない

例) Cp(左の語と右の語を比較するコード)

C01 Cp C02 → 赤と青との比較

4.7 表現調整(感情・スタイル・指示語)

例) i3(感情レベル3を示すコード)

i3 e02 → とても悲しそうだ

例)  st(口語調で表現するコード)

st → 文章全体を口語調に

例) d1(これを表すコード)

d1 s01 → この正方形

■ 第5章:展開ルール(基本構文)

PDEでは、コード列から自然言語文を復元するための展開ルールを定義する(図2)。これにより、人間が視認・読解によって意味内容を再構成できる構文体系が構築される。

5.1 展開テンプレートの基本例

コード列:

PDE p02 j1 a11 u1 s01 bG1 t30 e02 .

展開文:

「女性は座る、正方形の上に、背景は海、夕方、悲しみ。」

5.2 展開構文パターン

- {主語} は {場所} で {動作} する。背景は {背景}。時刻は {時間}。{感情}そうである。

- 修飾語はコード順で接続され、展開ルールにより自然言語順に並べられる。

5.3 展開時の文構造への影響

- グルーピングコードにより複合語が形成される

- 助詞的コードで文法構造を明確化

- 時制コードや否定コードにより動詞の意味変化が制御される

5.4 応用例

コード列:

PDE u1 G2 C03 s01 p02 j1 nG a11 bG1 e02 .

展開文:

「白い正方形の上に、女性は座らない、背景は海、悲しみ。」

このように、PDEでは論理的・視覚的に文の構造を復元できる。

修飾語や助詞を含む展開においては、自然言語に即した語順の調整が必要となる。たとえば「C03 = 白」「s01 = 正方形」「p02 = 女性」の順であっても、展開文では「白い正方形の女性」となるように語順が再構成される必要がある。PDEでは、このような語順調整を将来的には展開ルールテンプレートや語カテゴリ間の優先順位に基づいて処理する設計が想定されている。

5.4 数値と計算式の表現

PDEにおける数値情報は、#記号によって明示された数値トークン(例:#12)として記述され、桁数に制限はない。さらに、加算・減算・乗算・除算などの基本演算は、世界共通で認識されやすい半角記号(+, -, *, /)によって表現する。数値および計算式においては、英語圏で一般的に使用される半角記号表現(例:^による累乗、sqrt()による平方根、log()による対数)をPDE構文に採用する。これにより、複雑な数学表現であっても、視認性と機械可読性の両立が可能となる。括弧 ( ) も演算順序を示すために使用され、視覚的構文解釈を補助する。これにより、紙面上で人間が計算構造を視認・解釈できる構文が実現される。

展開例:

#2 + #3 → 「2 足す 3」

#10 / #2 → 「10 割る 2」

#5 * (#3 + #4) → 「5 かける(3 足す 4)」

第6章:ブロックチェーンによる辞書管理システム(Blockchain-Based Dictionary System)

PDE(Permanent Data Encoding)において、定義辞書(Definition Dictionary)は、記号コードとその意味との対応を規定する中心的な要素である。PDEが「視認可能で復元可能な記号言語」として機能するためには、各コードの意味が一貫して解釈可能であり、誰にとっても等しく信頼できる状態で維持される必要がある。そこで本章では、PDEの定義辞書をブロックチェーン技術により管理する方法を提案する(図3)。 

6.1 なぜブロックチェーンか? 

従来の辞書管理は、ローカルファイルや中央サーバでの運用が一般的である。しかし、こうした方式では以下のような課題が生じうる:

  • 定義の恣意的な変更や改ざんの危険性
  • 辞書バージョンの混在や不整合
  • 定義者の不明確性
  • 時系列的な履歴の追跡困難

これらに対してブロックチェーンは、前述の表1の特性によって有効な解決手段を提供する。

6.2 意味の改ざん防止と一意性の保証

PDEでは、各コード(例:p02, bg1)に対して「女性」「海」などの意味が定義されているが、これが後に別の意味に置き換えられた場合、復元の信頼性は著しく損なわれる。

ブロックチェーンを用いれば、各コード定義を「意味+カテゴリ+作成者+日付+定義文ハッシュ」として1トランザクションに記録することができ、意味の一意性と改ざん防止が実現される。さらに、定義辞書全体に対するバージョン管理とトレーサビリティも同時に確保できる。

6.3 辞書の更新・参照プロトコル

以下は、ブロックチェーン上でPDE辞書を管理・運用するための基本プロトコルである。

■ 辞書登録(AddDefinition)

  • 入力:code, meaning, category, language, author
  • 処理:内容をSHA-256等でハッシュ化 → ブロックに記録
  • 出力:定義ID(UUID)、タイムスタンプ、ハッシュ値

■ 辞書参照(GetDefinition)

  • 入力:code
  • 出力:そのコードの意味+カテゴリ+バージョン+定義者+記録ブロックID

■ 辞書バージョン(GetDictionaryVersion)

  • 辞書の構成単位(例:PDE Core 100)ごとにスナップショットを管理
  • 展開エンジンや人間が参照すべきバージョンの一貫性を保つ

■ 辞書フォーク/分岐管理(ForkedVariants)

  • 分野別(例:医療、教育、文化)や言語別に分岐可能
  • 各辞書には親辞書IDとフォーク理由を付加する

6.4 将来的展望

PDEの意味を保証する「知識台帳」 このように、PDEの定義辞書をブロックチェーン上で管理することで、単なる文字と意味の対応を超えた、「意味の公共的合意」を実現できる。これはまさに、PDEを文明横断的な記号言語=人類の知識台帳とするための技術基盤である。

将来的には、国際的な辞書メンテナンスネットワークや、辞書間の互換性インターフェース、PDEコードの意味履歴参照APIなどの整備も見据えている。

■第7章:活用事例と応用可能性(Use Cases and Applications)

本章では、Permanent Data Encoding(PDE)の実用的な応用可能性を、具体的なシナリオに即して考察する。PDEは単なる符号化手法ではなく、「知識の視認的記録」と「文明的文脈での情報伝達」を目的とする記号言語である。そのため、長期保存・教育・技術融合など多方面での展開が期待される。

7.1 災害・戦争・文明断絶時の情報継承

歴史上、地震・洪水・戦争・内乱といった災害や社会崩壊の中で、多くの知識と記録が失われてきた。特に、デジタル記録は電力・機器・ソフトウェア依存性が高いため、インフラが喪失した状況下では解読困難である。

PDEは以下の点で、人力と視認性のみで再構築可能な知識保存手段として有効である:

  • 紙媒体に印刷して保管可能
  • 復元には機器も電力も不要
  • 定義辞書と展開ルールがあれば解読可能
  • 世界中の識字者にとって識別性が高い

この特性により、PDEは防災マニュアル・医療情報・知識遺産の永続的アーカイブに適している。

7.2 教育・印刷教科書・記述式試験への応用

PDEの表現力は、言語学習や読解教育においても有用である。定義辞書と構文ルールを併用することで、以下のような応用が可能となる:

  • 記号列から自然言語文を構成する作文教育
  • 読解文からPDEコードを抽出する構造把握訓練
  • 単語・文法・論理構成の視覚化
  • 印刷教材への組込みによるオフライン読解支援

また、PDEは複数言語に対応可能な構文設計を持つため、多言語教育・国際理解教育への活用も視野に入る。

7.3 AI・NLPとの連携と符号処理

PDEは自然言語処理NLP)システムとの親和性が高く、機械学習ベースの言語モデルや生成AIとの連携も可能である。

  • PDEコード列を自然言語に展開するAIモデル(PDE-to-Text)
  • テキストをPDEに変換する自動構文解析器(Text-to-PDE)
  • AIによる意味曖昧性の検出と修正
  • PDEによる要約、翻訳、情報圧縮アルゴリズムの基盤

将来的には、記号列のパターン学習を通じてAIが“意味”を理解する学習素材としても利用可能である。

7.4 PDE as a Global Visual Language

PDEの最大の可能性は、視覚的で機器非依存かつ論理的な記号言語として、人類共通の知識伝達手段=グローバル視覚言語になりうる点にある。

  • 世界共通の視認コード体系(半角英数字)
  • 誰でも読める、誰でも書ける、誰でも教えられる
  • ブロックチェーンにより意味の一貫性が保証される
  • 文化や母語を問わず記述・復元が可能

これは、エスペラント語やISOTYPE(国際絵文字体系)を越え、技術・教育・災害復興のすべてを横断可能な言語インフラとして、PDEが未来に果たしうる役割を示している(図4)。

8章考察と限界(Discussion and Limitations)

本章では、Permanent Data Encoding(PDE)の設計と運用に関する現時点での課題および理論的・実用的限界を考察する。PDEは視認可能・非電力依存・構文対応という画期的特性を有する一方で、いくつかの側面において今後の検討と改善が必要である。

8.1 圧縮性能の限界

PDEは意味単位ごとに3字コードを割り当てる設計であり、文字数削減の意味ではバイナリ圧縮や符号最適化技術(例:Huffman符号)に比べて圧縮率が劣る。

  • 「意味の保持」と「視認性」の両立を優先するため、データ密度は高くない
  • 同一語でも文脈によって複数コードが必要になることもある
  • 数値や画像、動画といった非言語情報の表現には追加設計が必要

しかし、PDEの目的は「省スペース」よりも「再構成可能な知識伝達」にあり、これは従来の圧縮技術とは目的が異なる点に留意する必要がある。

8.2 辞書の運用課題

PDEの核となる定義辞書は、拡張性・一貫性・正確性が求められる。しかしながら、次のような実務的課題が存在する:

  • 複数辞書の併存による意味の衝突や混乱
  • コードの割当ルールが統一されない場合の再現性低下
  • 分野別・言語別における辞書のフォーク管理
  • 辞書作成の労力とバージョン管理の煩雑さ

これらの問題は、ブロックチェーンによる改ざん防止や履歴管理によって部分的に解決可能だが、国際的な運用枠組みや辞書策定プロトコルの整備が今後の課題となる。

8.3 構文の拡張性と言語の壁

PDEは基本的に英語または日本語構文に準拠して設計されており、他言語(例:アラビア語ヒンディー語、ツリ語)においては、以下のような問題が生じうる:

  • 品詞順序や語形変化が異なるため、構文展開が困難
  • 助詞や接頭辞が明示されない言語では、意味関係が曖昧になる
  • 感情や文化依存語彙の翻訳性が不均衡

このため、PDEを真に「グローバル記号言語」とするためには、言語非依存の構文規則の一般化および文化的差異を吸収する意味中立的設計が必要となる。

8.4 制御コードの複雑化

PDEの表現力が高まるほど、制御コード(前置詞、助詞、時制、否定、強調など)の種類は増加し、次のような複雑性を伴う:

  • 初学者にとって習得が困難
  • 展開エンジンの処理負荷が増大
  • コード順の構文的整合性の検証が必要

この点において、PDEコア(Basic Subset)とPDE拡張(Advanced)を明確に分離し、用途に応じた運用レベルを段階化することが望ましい。

以上の点から、PDEは革新的な知識記述体系である一方で、実装面・運用面での繊細なバランスと国際的合意形成が求められる構造でもある。今後は実用試験やユーザー評価を通じた実証と、教育・国際標準化の取り組みが求められる。

■第9章:結論と今後の展開(Conclusion and Future Work)

本論文では、Permanent Data Encoding(PDE)という新たな情報記述方式を提案し、その構造・辞書管理法・展開規則・応用可能性について体系的に示した。PDEは、単なるデータ圧縮や可読コード表現を超えた、「人間による記述と復元を可能とする知識言語体系」である。

9.1 PDEの意義の再確認

PDEの根幹にあるのは、以下のような思想と目的である:

  • 記録の永続性:電力も装置も要さず、数世代を超えて知識を継承できる
  • 視認性と論理性の両立:人間の目で読め、構文に従って意味を復元できる
  • グローバル性:半角英数字を用い、誰にでも書けて、誰にでも読める
  • 意味の一貫性:ブロックチェーンによる定義管理により、曖昧性を排除

これらの特性により、PDEは情報社会の根幹をなす「保存」「翻訳」「信頼」の問題に対して、視覚言語という観点から独自の解を提示している。

9.2 技術・社会・哲学への貢献

PDEは技術的成果であると同時に、社会的・哲学的意義も持つ。

  • 技術面では、記号列から自然言語を再構成可能とする新しい人間中心の情報モデルを提案
  • 社会面では、災害時・断絶時の知識保存、教育、国際言語インフラとしての応用を想定
  • 哲学面では、「意味を記号で保持するとは何か」「記述とは何か」という根源的問いに接近

こうした多層的な貢献は、単なる技術仕様では成し得ない記号と言語の再定義であるとも言える。

9.3 今後の展開

今後の研究と実装において、PDEは以下の方向に拡張されていくことが望まれる:

  • 国際標準化:PDEコア辞書、構文仕様、符号規約の国際化とISO提案
  • APIの整備:Text-to-PDE / PDE-to-Text 変換用ライブラリとAPI提供
  • GUIツールの開発:教育用・アーカイブ用のPDE作成支援ソフト
  • PDE白書の公表:仕様書・辞書・使用例を含む多言語対応のオープンドキュメント
  • オープンコラボレーション:GitHub等による辞書の共同拡張とPDE展開エンジンの開発

今後、PDEを拡張していく際に「語彙数の拡大」は一つの課題となるが、現実的には必要語彙数には自然な限界が存在する。多くの自然言語において、母語話者が一生を通じて使う語彙数は3万語前後であり、専門用語や固有名詞を含めても10万語を超えることは稀である。PDEではこの実態を踏まえ、3字のコード体系で十分な語彙カバレッジを確保している。

さらに、構文制御コード(例:G2型)を用いて、G2 a12 b34 のような形式で複数コードを一単位の語として扱うことで、実質的には5字コードと同等の拡張性を有している。これにより、語彙数の制限を超えて複雑な意味表現にも対応できる設計となっている。

PDEでは、辞書設計において「記号表現と文脈構文の組み合わせ」による意味再現力を重視しており、単語数の増加ではなく構造的表現力によって柔軟な記述が可能である。将来的には、多言語間の語彙マッピングや語義階層構造の整理を進めることで、語数を抑えながらも表現力豊かな国際的PDE辞書の展開が期待される。

PDEは今後、「視覚的・記号的な普遍言語」としての地位を確立する可能性を秘めている。特に、文字の意味構造と組み合わせ展開により語彙の爆発的増加を回避できるという点で、漢字的な思考構造を持つユーザーにも親和性が高い。

PDEのコード構造は、音声依存言語の壁を越え、聴覚障がい者や言語障壁のある環境でも視認によるコミュニケーションを可能とする。これは、視覚記号としての漢字と共通する根本思想であり、将来的には「デジタル時代における象形的記述言語(Digital Pictographic Language)」として、教育、災害情報、国際支援、さらにはAIとの情報交換インターフェースとしての役割を果たすことが期待される。

PDEはまだ萌芽的な構想であるが、その理念と汎用性は、人類の知的基盤を補完しうるだけの普遍性を持つ。これを一つの「言語」として捉えるとき、PDEは記録され、翻訳され、そして未来に伝わるための道具であると同時に、人間そのものの知性の証明でもある。この論文が、その最初の一歩となることを願う。

本論の締めくくりにあたり、PDEの記号的構造が、アジア文化圏における象形的言語——特に漢字——と持つ共通性について触れておく。PDEは、意味を持つ最小単位を半角英数字によって符号化し、視認可能かつ論理的な構造として記録可能な点で、まさに「デジタル漢字」とも言える存在である。PDE(Permanent Data Encoding)は、表音性に依存せず視認可能な記号列によって意味を伝達・保存する点において、漢字や象形文字の持つ「表意性」と根本的な親和性を有している。特に、各コードが語彙や構文機能を担い、個々のコードが「意味を持つ最小単位(セマンティックユニット)」として機能する構造は、漢字一字が名詞・動詞・形容詞など多様な意味を持ちうる構造と類似する。

さらに、漢字が構成部品(部首や偏旁)を用いて語義を形成してきたように、PDEではコードの先頭構造(例:p=人物, C=色彩)によりカテゴリが規定され、意味の展開と組み合わせによって新たな語義構造を構成可能である。

このような構造的視認性と意味分節性の高さにより、PDEはまさに「デジタル漢字」とも言える表意言語体系であり、人類の言語史における新たな記号的進化の一形態であると位置づけられる。

■ エピローグ:PDE―意味を運ぶ“継承の器”としての言語

破損した画面を作り直すための技術はやがて失われる。パスワードは、それを知る人とともに消えてなくなる。クラウド上のデータであっても企業の変遷や規約変更とともに消えてしまうかもしれない。丁寧に印刷された写真でさえ、時と、塩と、ほこりと、時の流れのなかでゆっくりと色あせていく。それでも、意味だけは、残すことができる。

2011年の東日本大震災の後、大切な人や日常を失った人々が瓦礫の中から探し求めたのは、金品でも、機器でも、物でもなかった。彼らが次に探したのは、「写真」だった。海水に浸かり、破れ、埃にまみれ、判別もつかないほど色褪せた、かつての記録。それはただの画像ではなかった。誰かが、たしかに生きていた証だった。

もし、写真の裏側に、PDEの数行が記されていたなら、ピクセルを保存するのではなく、「意味」を記述していたなら、その写真は、もう一度語りかけることができたはずだ。

見つかった写真の画像が、すでに判別できなくなっていたら?それを説明できる人が、もうこの世にいなかったら?それでもーもし写真の裏に次のような一文が記されていたなら:

 

PDE p03 s12 f01 c07.

そしてそれが、こう解読されたなら―

「夕暮れに笑う子ども。津波の前日に、母が撮った写真。」

 

顔が判別できなくても、名前が分からなくても、私たちはそこに、ある深い真実を感じ取る。「記憶すべき瞬間が、かつてたしかに存在していた」のだと。

PDEは、ただの圧縮技術ではない。ただの言語でもない。それは、“容れ物”だ。時間を越え、災害を越え、世代を越えて、人の思考の断片を運ぶ容れ物。それは、壊れやすいデバイスから意味を切り離し、紙の上に、石の面に、壁の隅に、手紙の裏に、記して残すことができる。そしてそれは、文脈が失われた未来の人々でさえも、再構築し、想像し、意味を再び受け取れるようにする。

私たちは、「見えていたもの」をすべて保存できるわけではない。けれど、「感じていたもの」を残すことはできる。私たちは、「画像そのもの」を再現できないかもしれない。けれど、その意味を次の世代に手渡すことはできる。

だからこそ、PDEは単なる言語ではなくなる。PDEは、時を越えて記憶を運ぶ“継承の器”であり、すべてが失われた後にも、誰かの想いを宿し直すための言語となる。

色はあせる。記憶は失われる。けれど、記された意味は、よみがえらせることができる。

―Permanent Data Encoding の哲学より。

 

■謝辞(Acknowledgements)

本論文の構想と執筆にあたり、多くの方々から示唆と励ましをいただいた。特に、PDEという構想に共鳴し、技術面・思想面で助言をくださった先輩方や研究仲間に、心より感謝申し上げる。

また、特許出願に関して建設的な助言をくださった実務家の方々にも御礼申し上げる。その率直な評価が、PDEを技術的体系として再構築する契機となった。

本論文の一部は、生成AIツールの補助を受けて構成されているが、構想と表現の責任はすべて筆者に帰属する。図表についても、すべて筆者の設計・監修のもと、AIの支援を得て作成されたものである。AIはあくまで補助的な役割を担ったに過ぎず、本研究の核心は人間による創造にある。

 

参考文献(References)

  1. Nakamoto, S. (2008). Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System.
  2. W3C (2023). Decentralized Identifiers (DIDs) v1.0. https://www.w3.org/TR/did-core/
  3. Eco, U. (1976). A Theory of Semiotics. Indiana University Press.
  4. ISO/IEC 10646:2020. Universal Coded Character Set (UCS).
  5. Marr, D. (1982). Vision: A Computational Investigation into the Human Representation and Processing of Visual Information. MIT Press.
  6. Bostrom, N. (2003). The Future of Human Evolution. In Journal of Evolution and Technology, Vol. 9.
  7. Crystal, D. (2003). English as a Global Language. Cambridge University Press.
  8. OpenAI (2023). Technical Report on GPT-4. https://openai.com/research/gpt-4

 

英語要約(Abstract)

Permanent Data Encoding (PDE): A Visual Language for Semantic Compression and Knowledge Preservation in 3-Character Units

Permanent Data Encoding (PDE) is a novel visual language system designed for long-term, human-readable, and electricity-independent information preservation. It compresses semantic content into visually recognizable 2–3 character alphanumeric codes and reconstructs original meaning through structured expansion rules and publicly defined dictionaries. PDE introduces a new paradigm of knowledge storage—independent of digital hardware, resilient to technological obsolescence, and interpretable by future generations. This paper outlines its linguistic architecture, dictionary blockchain management, use cases in disaster recovery and education, and proposes future pathways toward global standardization and AI integration. PDE aims to establish a new linguistic layer: a universal, logic-driven, visual language for humanity.

 

執筆日 2025年6月21日

更新日 2025年6月25日

 

【エッセイ】石を投げれば歯医者に当たる~歯科医師過剰の時代から歯科医師不足の時代へ

石を投げれば歯医者に当たる

 

(1) “石を投げれば歯医者に当たる”という現実

私の乗った電車が都内に近づいていくにつれて、建物と建物の間隔は狭くなり、その高さはどんどん高くなっていく。走る車窓からは、次々に歯科医院の名前が目に飛び込んでくる。各駅のホームには歯科医院の看板が並び、駅を降りれば、あちこちに歯科医院がひしめいている。道路の向かい合わせに歯科医院があることも珍しくはない。東京では「石を投げれば歯医者に当たる」とまで言われるくらい、歯科医院が多いのである。ではそれが適正な数なのかといえば、そうではなく、この状況をマスコミは「歯科医師過剰」と報じた。また、歯科医師の何割かは年収300万円以下のワーキングプアとまで言われた。こんな話ばかり聞かされるたび、「お口と歯のスペシャリストである歯科医師は現代の日本では必要とされていないのではないか?」という心配が、いつも頭をよぎった。

ではなぜ、歯科医師過剰になったかと言えば、高度成長期に食生活が豊かになるのと欧米化が進んだが、口腔衛生の知識がまだ普及しておらず、「ムシ歯の洪水」と言われるほど日本人にムシ歯を主とする歯科疾患が増えたことが背景にある。歯の治療を希望する患者さんが歯科医院に殺到し、待合室が患者さんの重みで床が抜けたという話を聞いたことさえある。こうした歯科医師不足を解消するために、1960年代に歯科大学や歯学部が増設されて、現在では日本に29校の歯学部が存在している。やがて歯科医師が増えるにつれ、口腔衛生の知識が普及し、ムシ歯の患者さんはどんどん減少していったが、歯学部の数は変わることがなく、毎年、約3000人の歯科医師が誕生していった。こうして、日本の歯科医師不足の時代はあっという間に終わり、その後の長い歯科医師過剰の時代へと変わっていったのである。

 

(2) 私の中の二人の私~民間企業に勤めていた私と歯科医師の私~

私が小学4年生の時に親友のS君が病気で亡くなったことが、それまで楽天家だった私の心を悲観的にさせた(これは後の章で述べることにする)。「なぜ人は生まれ、死ぬのか」とか、「どうやって生きてゆけば良いのだろうか」とか、私はそんなことばかりを考えて10代を過ごした。私は突然S君の死を知らされたことで、病気を極端に恐れるようになり、ついには病院嫌いにまでなってしまった。

そんな子どもの頃の私は、歯科医師になりたいと思ったことはなかったと記憶している。その私が歯科医師になったのは、周囲の人の後押しがあってのことである。これまでの人生をふり返るに、私は「歯科医師になった」のではなく、「歯科医師にならせてもらった」、「歯科医師をさせてもらっている」のだとつくづく感じる。今でも私の中には歯科医師ではなかった頃の自分と、歯科医師の国家試験に合格した自分の2人がいるのである。

やがて文系の大学を卒業した私は、当時の就職先として人気の業種であった金融機関へ就職した。日本が著しい高度成長を成し遂げた時代に育った私は、その頃、安定した職業の代表のように言われていた銀行などの金融機関に入って会社勤めをすることを、自然と選んだ。22才で就職が決まったその時の私は、3年後に自分が転職するなどとは微塵にも思っていなかった。

さて、大学を卒業して、再び大学に入学する人のことを今では「さいじゅ」と呼ぶらしい。どうやら再受験の略のようである。その再受験組の一人である私が歯学部に入学したのは日本がバブル経済の好景気の終わりの頃である。その頃には巷に歯科医師過剰という話は出回っていたので、それを承知の上で歯学部に入学した私であった。そんな訳で、「歯科医院を開業して、患者さんが来てくれるだろうか」と、私は歯学部に入学して歯科医院を開業するまで、ずっとその不安を抱えていた。しかも私の不安はそれだけではなく、3年間勤めた民間企業で挫折したということも常に私の頭の片隅にある。それまでの私は、「努力すればどんなことでも何とかなる」くらいしか考えていなかった。しかし、世の中はそんなに甘いものではなかった。勤め始めて3年が経ったある日、仕事で成果を出すことができないという現実に私は直面した。そんな私は、仕事を辞め、歯学部を再受験することにしたのだが、歯学部に入ってからも「厳しい社会の中で、どうやって生きてゆけばよいのだろうか?」との問いが、常に私の頭の中にあった。どうやら、歯科医師になれば単純に将来が安泰というほど世の中は甘くはないのである。それは、どんな職業であっても、たぶん同じだろう。

現在に至るまで、歯科医師の同業者はライバルという感じだった。どうやって患者さんを集めて、どうやって医院経営をしていくか、みんなやっきになっていたと思う。歯科医師はムシ歯や歯周病といった歯科疾患との闘いの前に、「歯科医師数の多さ」「競争の激しさ」「選ばれなければ」という不安と戦っているのである。この辺りは、民間企業に勤めているのに近い感覚である。

日本では健康保険で歯科治療を受けることができる。これは世界に誇る素晴らしい制度であるが、歯科の診療報酬は低く抑えられているものが多い。そのため、保険診療メインの医院では、1日あたり30人くらいの患者さんを診ないと、医院経営が成り立たないと言われている。このために歯科で開業するにあたって一番大切なことは数多くの患者さんに来院してもらうことである。都市部では歯科医院がひしめいている中、どうしたら、たくさんの歯科医院の中から選んでもらえるだろうかと、多くの歯科医師は頭を悩ませ続けている。歯科治療自体は、保険診療においてはかなり標準化されており、どの歯科医院でもそれほど変わらないのが現実である。

 

(3) 競争ではなく、信頼が医院を育てる

どの歯科医院も似たように見える中で、特別な存在になるための工夫。それを歯科業界では、従来は「差別化」と呼んできた。私はこの差別化という言葉を最初に聞いてから、差別化とは穏やかではないと感じている。なぜならば、「差別する」ということは、他院と比較して自院の優位性を示すということではないか、と私は思うのである。私は差別化ではなく、「独自性の発揮」が大切だと思っている。私はこの独自性の発揮とは、高価な設備やおしゃれな内装といった「物」としての歯科医院間の競争ではなく、患者さんと歯科医院の間の信頼だと思っている。

人と人とが接する時に信頼が大切だということは、私が最初の大学で孤立したこと(このことについては、後の章で詳しく書こうと思う)と、地元の信用金庫という民間企業で営業職をしたという経験から学んだことである。何を学んだかと言えば、自分自身がコミュ障であると自覚することができたこと、人と人とが接する際には信頼関係が必要なこと、また、コミュニケーションを図るための技術があることを知った、ということである。これらの経験を経て、私は25才で歯学部に入り、2回目の大学生活を送った後、31才で国家試験に合格して歯科医師の国家資格を得た。歯科の世界に足を踏み入れて、私が強く感じたことは、歯科医院に必要なものは最新の機器でも、おしゃれな内装でもなく、安心して話せる雰囲気、顔を覚えてもられる関係、そんな“温かなぬくもり”が、患者さんにとっては一番の価値になるのではないか、である。つまり、医療はサービス業という視点が必要なのではないだろうか。

 

(4)気づけば“過剰”ではなくなっていた

さて、話を歯科医師過剰の話に戻そう。私が歯学部を卒業した1996年には歯科医師が約8万5千人いた。同年のコンビニの数が3万1千軒余に対し、歯科医院の数は5万9千軒余である。これが世にいう「歯医者の数はコンビニの2倍」である。歯科医師数は2020年にピークの約10万7千人に達した後、2022年には初めてマイナス約2千人の減少に転じた。さらには日本歯科医師会の平均年齢は2025年において62.7歳と高齢化が進み、「後継者のいない歯科医院が89%」という話がでたとのことである。私が気づかない間に、いつしか歯科医師過剰ではなくなっていたのである。

私が歯学部を卒業して29年が経った。この間、ムシ歯の患者さんは減り続けている。そして日本人の平均年齢は、どんどん延びている。そして、一見無関係に思えるこの二つの事象の間には、深いかかわりがあることが近年、分かってきている。20本以上歯がある人は、19本以下しか歯がない人に比べて、医科の医療費が少ないのである。また、定期的な歯科健診の受診によって医科医療費が減少することや健康寿命が延びることが分かってきたのだ。これまで歯科医師過剰と言われ、患者さんの獲得に努力してきた日本の歯科医師は、自覚には乏しいかもしれないが日本人の長寿を支えていると言えるだろう。

以上が、この本を書くにあたっての背景である。初めて社会人となってから38年が経つが、私は未だにコミュ障であり、今でも私の中には二人の私がいる。一人は民間企業に勤めていた私と歯科医師の私である。そんな私が「10の壁」に突き当たって、七転八倒しながら周囲の人々に支えられながら「歯科医師をさせていただいている」様子を、読者の皆さんに届けたいと考えている。

 

1996年のデータ

歯科医院数 59,357件 歯科医師数 85,518人 コンビニ(大手7社の合計)  31,415軒

 

【小説】S君

S君

 

S君の命日が近づいてきました。この時期になると彼の笑顔を思い出します。去年の命日には仏壇で手を合わせてきました。友人のS君が亡くなって、ずいぶんと時間がたちました。時間が経つのは早いものです。私が転職して歯科医師になったのは、彼のことがあったかもしれません。以下、20年前に書いた私の文章です。

 

2005.6.2 露木良治

 

S君の命日が近づいてきました。この時期になると、彼の笑顔を思い出します。去年の命日には、仏壇で手を合わせてきました。友人のS君が亡くなって、ずいぶんと時間が経ちました。時間が経つのは、本当に早いものです。私が転職して歯科医師になったのは、彼のことがあったからかもしれません。以下は、20年前に書いた私の文章です。

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私は、病気や死というものがとてつもなく怖かった。そのきっかけは、小学生だった僕が経験した友人の死でした。

小学3年生の春休み、S君という親しい友人がいました。とてもひょうきんで、いつも周囲を笑わせていた。彼の家は僕の家から歩いてすぐのところにあり、しょっちゅうお互いの家を行き来していました。僕と彼は、肩を組んで歩くほどの仲でした。彼のお母さんはとても優しく、「露木君、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」といつも歓迎してくれました。

ある日、いつものように彼の家に行き、玄関を開けて「Sくーん」と呼びました。しかし返事はありません。玄関は開いていたので、誰かいるはずだと思い、僕はしばらく待ちました。耳をすますと、家の奥から「うー、うー」という呻くような声がかすかに聞こえてきました。男の子の声だ。S君だろうか? 彼にはお姉さんがいるだけなので、その声はS君に違いないと思いました。「S、大丈夫だからね」という声も聞こえる。ただならぬ気配でした。いつも優しいお母さんの声が、切羽詰まっていました。もう一度呼んでみました。「Sくーん」。返事はありません。かすかな呻き声と、「大丈夫よ、大丈夫よ」というお母さんの声だけが家の奥から聞こえてきました。僕はしばらく玄関に立っていましたが、自分の居場所はここにはないと感じ、玄関をそっと閉めて帰りました。

それからしばらくして、新年度が始まりました。S君とはクラスが別になってしまいましたが、日曜日になると彼を誘って模型の船を作っていました。近所の文房具屋で木の板や棒を買い、ヨットを作る計画でした。木の板を船の形に切り、甲板の周囲に釘を打ち付けて手すりを作りました。僕が夢中で木を切ったりしている横で、S君はどこか元気がなさそうでした。今にして思えば、すでに体調が悪かったのかもしれません。甲板の上には棒を立て、布で帆を張ってヨットは完成しました。浮かべる場所を探して、僕の家の浴槽に浮かべることにしました。2人で残り湯の上にヨットを浮かべました。感動の瞬間になるはずが、ヨットはすぐに転倒してしまいました。帆が高く、左右のバランスが取れなかったのです。何度も浮かべ直しましたが、だめでした。当時の僕たちには原因が分かりませんでした。後日、またチャレンジしようと約束し、その日はヨットを押し入れにしまいました。

4月の終わり、4年生は市内の岬に遠足に行きました。小学校から20kmほど離れた大瀬崎は、自然にあふれていて、子供たちにとっては夢のような場所でした。僕は別のクラスのS君とは離れ、クラスの友人たちと磯辺の生き物採りに夢中になりました。帰りのバスに乗る直前、僕はS君と会いました。「こんなに採ったよ」と自慢しました。S君は一言二言、僕に話しかけてくれました。それは他愛のない会話だったと思います。なぜか、その時の彼の表情や言葉をどうしても思い出すことができません。それが、彼との永遠の別れになってしまったのです。

家に着いて、バケツの中の生き物たちを見渡しました。カニ、ナマコ、イソギンチャク……濁った海水の中でひしめき合って、苦しそうでした。さっきまで胸を躍らせていた生き物たちも、住宅街では飼う場所などありません。海水が必要なのです。僕は考え、塩水を用意しました。元気を取り戻すはずでした。

しかし春の日が暮れ始める頃、生き物たちはしだいにぐったりしていきました。その中で一匹、ナマコが苦しそうにもがいていました。僕はそれを別の器に移し、塩水を注ぎました。しばらくして、ナマコは動かなくなりました。それを見た僕は、後味の悪い、なんともいえない嫌な気持ちに襲われました。周囲に誰もいませんでした。だんだん辺りは暗くなり、僕はどうしたらいいのか分からず、ナマコを庭に埋めました。

翌日、バケツの生き物たちはすべて息絶えていました。僕は彼らを庭に埋め、二度と遊びで小動物を採らないと誓いました。

遠足の翌日からS君は学校を欠席しました。最初は「風邪を引いて入院した」と聞いていました。すぐ退院するだろうと思っていました。しかし、1週間が過ぎ、S君は東京の病院に転院しました。「風邪なのに、なぜ東京に?」と疑問に思いました。詳しいことは分かりませんでした。小学校4年生だった僕にとって、東京はとても遠い場所でした。

5月の終わり、S君のクラスの担任から「S君にお見舞いの手紙を書こう」と言われました。担任の先生は僕に「S君の病気は肉腫だよ」と教えてくれました。

「肉腫」。漢字にすると不気味さが増しました。大人たちは「がんの一種らしい」と話していました。主に骨や筋肉にできる悪性腫瘍だと知ったのは、ずっと後のことです。

S君ががん? 実感なんて湧きませんでした。ついこの前、遠足にだって行ったのに。

その日が何曜日だったかは覚えていません。日曜日だったような気がします。梅雨にはまだ入っておらず、外は晴れていました。なんの変哲もない一日になるはずでした。6月9日、午後。電話が鳴りました。僕は電話を取るのが嫌いでした。母が電話に出たのでしょう。電話を終えた母が僕のところに来ました。「良治、ちょっと話を聞いてくれる?」と母はゆっくり言いました。楽しく遊んでいた僕は、むっとして母の顔を見ました。下から見上げた母の顔はこわばっていて、その表情を今でも覚えています。

「今日、S君が亡くなったって。明日、家に帰ってくるって。」

「え? なんで?」と僕は絶句しました。

次の休みにお見舞いに行く予定でした。母が連れて行ってくれるはずでした。母の言葉が信じられませんでした。何が起きたのか、理解できませんでした。よく晴れた午後、庭の日差しがポラロイド写真のように切り取られて、頭に焼きつきました。時間が止まったようでした。

S君は東京の病院で死んでしまった。痛がっていた様子も苦しんでいた様子も、僕には想像がつきませんでした。入院してわずか1か月。あまりに突然でした。肉腫という病気を甘くみていたのです。僕は怖くなりました。

「なんでもっと早く東京に連れて行ってくれなかったんだよ!」

お見舞いに行けなかったことを後悔し、母を責めました。母は「ごめんね、良治」と言って涙ぐみました。僕も泣きました。

S君が死んだという実感は、わきませんでした。

翌日、S君は自宅に帰ってきました。数人の友人と一緒に彼の家へ行きました。道を歩いていると、白と黒の幕に囲まれた家が見えてきました。黒い喪服を着た大人たちが外に立っていました。故Sと書かれた看板が目に入り、頭を殴られたような衝撃を受けました。その瞬間、初めて「本当に死んだんだ」と実感しました。

読経が終わり、棺に入ったS君にお別れを言う時間が来ました。棺の横にはお母さんが寄り添い、ハンカチを顔にあてて嗚咽をもらしていました。反対側には担任のW先生が座り、生徒たちを見守っていました。生徒たちがお別れするたびに、W先生は一言二言声をかけていました。僕は泣くのを必死でこらえていました。

僕の番が来ました。前に進むのがやっとでした。W先生が「一緒にそろばん塾に通っていたんだってね。どっちが先に級を取るか競争していたんだってね」と言いました。

僕はそろばん塾に行かなくなって久しかった。S君と一緒に歩いたことを思い出しました。通うのは嫌だったけど、彼がいたから続けられた。でも、僕はいつの間にか辞めてしまった。S君は一人で練習し、僕のことを待っていたのかもしれません。悲しみが体の奥から突き上げてきました。僕は大声で泣きました。棺の中のS君の顔は、涙で歪んで見えました。やせ細り、変わり果てていました。死に化粧の奥に、青いあざが見えました。S君は、僕の知らないところで病と闘っていたのです。

後で聞いた話では、S君は「露木君に会いたい」と言っていたそうです。最後の言葉は「おばあちゃん、痛いよ」だったと聞きました。

それから、毎晩のように彼の夢を見ました。夢の中では元気で、笑顔のままでした。一緒に遊ぶ夢、どこかへ行ってしまう夢……いろいろでした。

それ以来、病気や死が怖くなりました。体に異変があると、たとえ小さなできものでも「がんかもしれない」と一人悩むようになりました。下くちびるの内側にしこりを見つけたときは、本当に恐ろしく、半年以上も気に病みました。それは後に自然に消えました(今思えば、粘液のう胞でした)。病院に行くのも怖くなりました。特に大きな病院は早足で通り過ぎるようになりました。行けば突然入院させられ、悪い病気と診断され、すぐに死んでしまう気がしたからです。本屋に行けば、癌の闘病記が目に飛び込んできました。

なぜ人は生まれてくるのか。なぜ病気になるのか。なぜ死ぬのか。これが僕の中でずっと探し続けるテーマになりました。「おばあちゃん、痛いよ」というS君の声が、ずっと頭の中に響き続けています。

僕の部屋の押し入れには、S君と作りかけたヨットが今も眠っています。それはまるで、彼が「生きた証」のように思えます。それを見るたびに、「僕にもいつか死ぬ日が来るんだ。それまでに何かを残したい」と思うようになりました。

【2025年 GW休診のお知らせ】

【2025年 GW休診のお知らせ】

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【歯科医療】歯肉切開して歯石除去が心配

歯肉切開して歯石除去が心配  静岡新聞 2025年1月21日 掲載

 

問:

60代男性。1年前に通っている歯科で「今度、歯ぐきが痛くなったら、歯肉を切開して中の歯石を取ります」と言われました。それ以来、歯肉切開されるが心配で歯科医院に行っていません。60歳にもなれば歯肉の内部の歯石を取るために歯肉切開が必要なのでしょうか?

 

回答:

歯ぐきが腫れて痛くなるのは年齢のせいではありません。歯ぐきが腫れる原因の多くは歯周病であり、若い方でも歯周病になる人がいます。歯周病には軽度のものから重度のものまであり、状態によって治療方法が異なります。軽度のものでは歯科医院で歯石を除去して毎日のブラッシングやデンタルフロスなどのセルフケアで改善しますが、繰り返し同じ歯が腫れる場合には深い歯周ポケットが感染源になっていることが疑われます。歯周ポケットが4mm以上あって歯を支える歯槽骨の吸収が半分まで進んだ中等度の歯周病以上ですと、麻酔して深い歯周ポケットの中の歯石を除去したり、さらには深い歯周ポケットの歯肉切除をしたりする場合があります。

歯周病の治療にはガイドラインがあり、いくつかの治療のステップを経て必要あれば歯肉切開して歯石を取りますので、1回目の治療でいきなり麻酔して歯肉切開して歯石を除去するようなことはまずないと思います。また、歯が腫れる原因には歯の根が折れていたり、歯の根が化膿していたり場合もあります。まずは歯科医院で歯の状態と歯周病を調べてもらい、歯周病の程度とどのような治療が必要かの説明を受けてください。

歯周病の予防と治療には、毎日のセルフケアと歯科医院で歯石除去等の定期的な専門的な処置が必要です。歯周病は症状が出にくく、痛くなってからや歯がグラグラしてからの治療では歯を守ることが難しいことがあります。痛みがなくても年に2~3回は歯科医院でメンテナンスを受けることをおすすめします。

(県歯科医師会生涯研修部:露木 良治)