デンタルオフィスみなと 公式ブログ

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【小説】ヨコハマ センチメンタル ナイト


                                               ヨコハマ センチメンタル ナイト

 

 憧れていた横浜の大学に合格した真美は、桜が咲くキャンパスを歩いていた。大学に入ったら、テニスサークルに入ろうと決めていた真美であったが、テニスは初めてだった。校舎にたどりつくまでの間、何度も上級生たちに囲まれた。真美はいくつかのサークルから勧誘されたが、イケメンの部長さんに勧誘されたことがきっかけで、彼が所属するテニスサークルに入ることにした。

 スポーツマンでさわやかな3年生の部長の周囲には女子部員の取り巻きがいつも何人もいた。部長と同じ学年の副部長は、部長と対照的なまじめな感じのメガネをかけた控えめの人だった。二人ともテニスがとても上手で、二人がラリーを始めると、人だかりができるほどであった。

 「おい、啓介、真美にテニスを教えてやれよ」と部長は副部長の啓介に言った。「え?僕が教えるの?」と、啓介は少しとまどって言った。真美は、正直なところ、部長に教えてもらいたかったとのだが、新入生の立場でそんなことは言えるはずもなく、副部長に「お願いします」と言った。

 それから啓介は真美を相手に、ラケットの持ち方やサーブの打ち方など、一つずつ丁寧に教えていった。真美は、啓介とラリーをしながら、横で別の女子部員とラリーをしている部長が気になっていた。そんな真美に啓介は「いつか僕に勝ったら、僕が一番好きなお店に連れて行ってあげるよ。とてもおいしいフレンチの店があるんだ」と言った。「はい、その日が来ることを楽しみに、がんばります」と真美は答えたものの、「これが部長さんからのお誘いならば、もっと嬉しいんだけどな」と思った。それでも真美は、テニスに打ち込んだ。

 ボールを自由自在に打ち返せるようになった楽しさを知った真美は持ち前の運動神経の良さで、めきめき上達していった。しかし、初心者の真美に一からテニスを教えた啓介は、真美のサーブの癖を知り尽くしていた。そんな真美のサーブは、どうしても啓介に打ち返されてしまうのだった。

 学部の友だちやサークルの仲間に囲まれて学生生活を楽しんでいた真美に、大学に入って3回目の春が訪れようとしていた。真美は、まだ部長に想いを伝えることができずにいた。そんなある日、「真美、僕が卒業する前に試合をしてみるか」と啓介が言った。腕が上がっていたことを自覚していた真美は、「はい、お願いします」と答えた。

 啓介の卒論の審査が終わった日の午後、真美と啓介は山手のテニスコートにいた。部員たちが見守る中、二人の試合が始まった。同点で迎えた真美の最後のサーブが放たれた。啓介は、踏み出すのをほんの少し遅らせた。真美の1点が入り、試合が終わった。「真美、ずいぶん、強くなったな。もう僕が教えることは何もないよ」と啓介は言った。「ありがとうございます。先輩のおかげです」と真美が答えた。真美は汗を拭きながら観客席を見ると、部長と後輩の女の子が寄り添って坐っているのが見えた。以前から、二人の仲はうわさされていたが、目の前で二人が一緒にいるのを見せられるのは、真美には辛かった。啓介に勝ったうれしい表情が消え、みるみるうちに青ざめていく真美をみた啓介は、「おやおや、僕に勝ったのにうれしくないのかい」と真美に言った。「いえ、そういうわけではないです」と肩を落としながら真美は言った。「そうだ、次の土曜日、前に約束したお店に行こうか」と啓介は真美に言った。真美は泣きそうになるのをこらえて、「はい、お願いします」とつとめて明るく答えた。

 土曜日、啓介は車で真美を迎えに来た。二人は、啓介が予約したお店で食事をした。その店は、横浜でも歴史のある老舗のレストランだった。「こんなにおいしい料理を食べたことがありません。先輩、ありがとうございます」と真美は言った。食事を終え、帰り道に真美は、「山下ふ頭に寄ってください。少し、海が見たいです」と言った。啓介は、「分かった。寄り道をして帰ろうか」と言って、山下ふ頭まで車を走らせた。

 埠頭に車を停めて、二人は岸壁に座って海を眺めた。真美の目からは涙が流れていた。「私...」と言った真美は、泣き出してしまった。啓介は「わかっているよ。部長のことだろ」と言った。真美は「はい」と答え、啓介の肩にもたれかかった。二人の手と手が触れたが、お互いにそのままにした。しばらく時間が流れた。

 3月が終わりに近づいたある日、4年生の追い出しコンパが、港の見える丘公園近くのカフェで行われた。部長と啓介は、卒業証書を片手にスーツ姿で現れた。真美がスーツ姿の啓介を見るのは、初めてだった。大人っぽく見える啓介の姿に、真美はとまどった。「僕は田舎に帰って、銀行に就職することになったよ。サークルとも真美ともこれでさよならだよ。楽しかったよ、ありがとう」とワイングラスを持ちながら啓介は言った。「はい、ありがとうございます。副部長のおかげで、テニスの楽しさを知ることができました。4月からは、私が副部長になります」と真美は答えた。「そうかい、がんばれよ」と、啓介は真美の肩を軽くたたき、4年生の輪の中に戻っていった。

 夜9時を過ぎ、追い出しコンパが終わった。サークルのみんなは、駅に向かって歩きだした。「真美、駅はこっちだよ」とサークルのみんなが真美に声をかけたが、真美は「私は用があるから」と一人で山下公園に向かった。真美は、なぜか一人になりたかった。真美は、歩きながら、これまでに感じたことがない寂しさを感じていた。真美が初めて啓介への気持ちに気がついた瞬間だった。真美の心には、啓介との日々が思い出された。ゆっくり坂を下ると、遠くに霧笛の音が聞こえた。

 

https://youtu.be/Utq22QhfgTQ

 

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